2021.02.22公開

[川と水辺の歴史旅◆北海道の治水]
十勝川の治水の歴史-3

千代田堰堤(ちよだえんてい)

十勝川の中流部に設置されている千代田堰堤は、農業用取水施設として昭和10年に完成し、サケマスの養魚用水の取水施設としても利用されています。平成16年には、(社)土木学会から歴史的土木遺産としての高い価値が評価され、土木学会選奨土木遺産に認定されました。
現在は採卵用のサケの捕獲場としても重要な役割をはたしています。また、堰堤から流れ落ちる流水の壮大さとサケが水面をはねる様子は十勝の観光資源の一つとなっています。

この千代田堰堤は、統内新水路事業と農業用水を取水するため苦しんだ農民の話を抜きにしては語れません。
十勝川の治水の歴史-2で紹介した統内新水路は、茂岩下から千代田鉄道橋下流まで15.8Kmの区間の十勝川を切り替えた事業で、昭和16年に完成しています。この新水路により曲がっていた川は、直線になり洪水を早く下流に流せるようになります。しかし、早くなった川の流れは、川底を削り出します。この川底が掘られる現象はどんどんと上流へと移動し規模も大きくなります。橋や川の中にある色々な施設の基礎部分が掘り出され壊れてしまったり、川から取水をしていた所では水が取れなくなったりします。そこで川底を固定し川底が掘られるのを止めなければなりません。このような目的で作られるのが床止(とこど)め工や落差工(らくさこう)と呼ばれる施設です。
統内新水路に伴い、河川勾配(こうばい)がきつくなるため治水事業としては床止めを設置することととなります。
一方で、当時の農家の人たちは、農作物の栽培(さいばい)に欠くことが出来ない水を十勝川から取水していました。しかし、荒れ狂う十勝川は、せっかく作った取水施設を一瞬のうちに壊したり、川の流れを変えて、使えなくしていました。農家の人たちは安定的に農業用水を川から取れる施設を望んでいましたが莫大(ばくだい)な費用がかかり、なかなか実現できませんでした。
そこで川底が掘られるの防止するために治水事業で床止め工を設置し、この上に取水のために農業事業でかさ上げをする千代田堰堤が計画されます。これにより河川、農業が単独で施設を作るよりコストが安くなり、メンテナンスも楽になり一挙両得(いっきょりょうとく)です。今度、依田勉三は誰に囁(ささや)いたのでしょう?ともあれこの工事は1932(昭和7)年9月に建設に着手し、1935(昭和10)年に完成し、その費用は当時の額で土功組合費186,000円、治水費157,000円で総額343,000円(現在価格に換算すると約7億円程度)となります。竣工当初は一段の落差工であったが、下流の河床が下がり、下段側の落差工を継ぎ足し、現在は二段の落差工となっています。

千代田堰堤はその壮大な流水の風情や秋にはサケの大量遡上(そじょう)が見られることから、十勝地方の観光名所の一つとなっています。また、近年下流川に整備された左岸広場では、アイヌ伝統儀式が行われるなど数多くの試みが行われ、新な観光名所として期待されています。

千代田堰堤 マップコード:369 671 571*71

ページトップへ